白昼夢

 蝉しぐれの道を歩いているうちに、ふうっと意識が遠くなった。倒れそうになり、ふんばる。
 真っ暗になった視界が色彩を取り戻すまで、固く目を閉じた。

  ***

 ふと背中に温もりを感じた。揺れた体を支えてくれる、大きな手。
「大丈夫?」
 心配そうな太一くんの問いかけに、唸り声で肯定を返す。
 体に力が戻ってきたので、そっと目を開き色彩が戻ったかを確認した。
 チカチカするけど、何度か瞬きをするといつも通りの景色が見える。
「ほんと、大丈夫?」
 繰り返された問いかけに、顔を上げて微笑みを返した。
 すると、太一くんの口元にも笑みが刻まれる。
「今日は暑いな。お前、汗すごいぞ」
 言われた途端に首筋を汗が流れ落ちる感触。
 悔しいから、手を伸ばして太一くんの髪をぐしゃりとする。
「太一くんもすごい汗。髪の毛がびしょびしょだよ」
 ぽたりと髪から汗がこぼれた。
「どっかの店に入って涼もうか」
「うん冷たいものが飲みたい」
 髪を掴んでいた手が太一くんに引き剥がされた。そしてそのまま手を繋ぐ。
 じとりとした手の感触。さすがに暑い。汗でお互いの手が滑りそうになる。
 だけど、指を絡ませてしっかりと握りしめた。
「太一くん」
「ん?」
 呼びかけると、空いた手で額の汗を拭っていた太一くんが私と視線を絡ませる。
 降るような蝉の大合唱の中、汗まみれの顔で笑った太一くんの耳元に唇を寄せて大切な言葉をささやく。
「大好きだよ」

  ***

 真っ暗だった視界が色合いを取り戻すと、背中を汗が滑り落ちた。
 何度か瞬きをしてから、ゆっくりと周囲を見渡す。
「太一くん」
 呼びかけても、絡む視線はなかった。
 降りしきる蝉の声。青すぎる空を見上げてぽつりと言葉はこぼれ落ちた。
「大好き、だったよ」

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