掲載日:2010-10-30
好きだと思った。その瞬間に、もう止められなくなっている。
ちょっとでも姿を見たい。一秒でも長く話がしたい。一緒に並んで歩きたい。その手に触れたい。その目に映りたい。その笑顔がほしい。その声で呼んでほしい。もっともっと、彼のことが知りたい。
そんな尽きることのない欲求ばかりが溢れ出て、後から冷静に思い返すと滑稽どころか気持ち悪いくらいにガンガンとアタックしてしまう。
例えば登下校は偶然を装って待ち伏せしたり、休み時間はクラスが違っても彼のクラスにいる友達に頻繁に会いに行ったり、彼を含めた男女混合メンバーで休日遊びを企画したり。
そのくらいなら、恋する女の子だったら仕方がないと笑い飛ばされるかもしれないけど、うざいくらいに度を越せば好かれるどころか嫌悪感すら抱かせてしまう。私の場合は、いつも後者だ。
「いい加減にしろよ。頼むから、もう近づかないでくれ」
本気で不愉快そうな表情で吐き捨てられた言葉を、これまで何人から聞いただろう。
今まさに目の前から去っていく彼の背中を呼び止めたいのに、凍り付いて動かない体は、舌すら使い物にならない。
いつだってそうだ。夢中になっていると、嫌そうな顔で距離を置こうとされても気がつけない。相手が我慢の限界に来て直接止めを刺してくれないと、私は気づけない。そのくせ嫌悪を明確に突きつけられたら、馬鹿みたいに傷ついて凍り付いてしまうのだ。
びゅうっと冷たい風が吹き抜けて、髪とスカートがなびく。
そろそろマフラーがないと辛いなという季節に、カーディガンを羽織っただけの格好で突っ立っていたら寒くてたまらないに決まってるのに、胸も喉も頬も目も頭も、燃えるように熱い。
ぐるぐると渦巻くものを息と一緒に吐き出すことで無理やり体を動かして、地面に虚しく転がっている彼のために作ったお弁当を拾った。
ここ最近、欲しいとは言われてないのに作っていたお弁当。食堂か購買でお昼を済ませる彼は最初こそ喜んでくれたけど、いつの間にか食べてくれなくなっていた。
彼も男だし、女の子にお弁当を作ってもらえるのはうれしいだろう。それがおいしければ尚更。でも、だからといって特別じゃない子にそれを毎日続けられたらうんざりするのも当たり前だ。ましてや「いらない」と言ってくれていたのに、勝手に「大変だろうから無理しなくていいよ」という風に捉えて、「無理してないよ」と作り続けたのだ。やめずにいたら彼はお弁当を開けないままで返すようになったけど、「時間がなかったのかな」「嫌いなものだったのかな」と思って、気にせずまた次の日もお弁当を押し付けていた。
そして今日、ついに「いらないって言ってるだろう!」とお弁当を払い落とされたのだ。
いつものように彼の教室に顔を出してお弁当を渡そうとしたら、舌打ちと共に腕を掴まれ裏庭まで引っ張ってこられた。びっくりしたし、ちょっと怖かったけど、もしかして人前でお弁当を渡されるのは恥ずかしかったのかなとおめでたい思考に行き着いて、「ごめんね。気づかなかった。これからは別のとこで渡すよ」と言ってしまったのだ。そしたらお弁当を払い落とされ、明確な拒絶を示された。
もう一度お腹の底から熱い塊を吐き出して、込み上げた涙を殺す。
好きだった。彼のことが、好きだった。どこが好きだった? どこが好きだったけ。――ああ、自転車の鍵をなくした時に一緒に探してくれて、見つけた時の眩しい笑顔がはじまりだ。でもその笑顔を、いつから見れなくなった? いつからだろう。わからない。そういえばもうずっと見ていないかもしれない。
よく思い返してみれば彼とまともに話したことすら、ここ最近ないんじゃないだろうか。一方的に私が話していただけだ。電話もメールもすぐに切り上げられ、今月になってからは一度も返信がないし電話にも出てくれていなかった。学校でも休み時間に会いに行ってもいないことが多いし、登下校で待ち伏せしても会えなくなった。
つまりは、わかりやすいくらいに避けられていた。なのに私は気づかなくて、いっそ無邪気に彼に話しかけ会いに行っていた。会えなくても、お弁当は机に置いたりして押し付けていた。
だけど私だって、彼と付き合っているつもりはなかったのだ。好意はこれでもかというほど示したけど、好きだと口にしたことはなかった。当然ながら彼に好きだと言われたこともなかった。「付き合ってもないのに彼女気取りするな」とも怒鳴られても、私は彼女気取りでお弁当を作っていたわけじゃない。ただ、食べてほしかった。喜んでほしかった。もっともっとたくさんの関わりがほしかった。本当に、それだけなのだ。
何をしているんだろう。好きになったらただひたすらに突っ走って、相手の気持ちも事情もなんにも見えずに自分の気持ちだけを押し付ける。これで好かれるわけがないのに、どうして私は自分で嫌われるようなことをしてしまうのかな。
好きになったら、好きになってもらいたい。そう思うのは当たり前だ。好かれようと努力することだって、よくあること。なのにその全てが裏目に出る。嫌われる。二度と声をかけられないくらいの拒絶を向けられる。
彼のことが好きなのではなく、彼が好きな自分が好きなのだろうか。好かれたいわけじゃなく、アプローチが楽しいだけなのだろうか。――違う、と思う。でも、振り返れば違うとは言えないこともわかっている。
これまで何度、似たようなことをやっては反省したんだろう。成長していないどころか、回数を重ねるごとに盲目さが悪化しているんじゃないかな。
みんな、どうして想いを秘めてひっそり見つめるだけで大丈夫なの? 好きになったら、関わりを持ちたいと思うんじゃない。そのためには自分から接近しないとどうしようもないよね。でも接近したら過度になりすぎて嫌われてしまう私は、やっぱり間違っているのかな。
どうすればちゃんと好意を示せる? どうすれば冷静に相手のことを考えられる? いっぱいになって溢れた想いを宥める術はなに? わからないよ。私は精一杯に恋しているつもりなんだよ。振り返ればおかしいことがわかっても、その時はどうしても気づけない。
お弁当を拾い終えて立ち上げると、そのままゴミ箱に直行して全部捨てた。気持ちごと全部捨てられればいいのにって思ったけど、そんなことできたら苦労しない。
好き。好きだった。好きなんだ。自分の手で壊してしまったようなものだけど、その気持ちは本当だったんだよ。――それだけは、わかってほしいの。
振り返ると嫌われたりうざいと思われることしているって気づく時あるよね、という話。