はじまりは罰ゲーム

掲載日:2007-08-16

目次

  1. 罰ゲームとデート
  2. 芽吹いた想いは枯らしてしまおう
  3. 誤解と動揺

1.罰ゲームとデート

「付き合ってください」

 放課後、下駄箱で呼び止められて言われたのはそんな言葉だった。知らない人だ。上履きの色が赤なので、同じ二年だということはわかる。最初はかあっと体中が熱くなったけど、『ソレ』が目に入ると急激に冷めた。
「……罰ゲームやろ」
 私は目線だけ階段に向けた。そこには三・四人ほどの男が、身を隠してこちらを伺っている。知らない人はその目線に気がついたようだ。一瞬ばつが悪そうな顔したけれど、すぐに笑顔になった。
「そやで」
 知らない人はいい度胸をしていた。

 ***

 日曜日。久しぶりに大阪に出てきた。私は休日や放課後に友達と遊ぶことは少ない。遊ぶ友達がいないわけではないけど、家でゴロゴロしたいし、お金がもったいない。友達と遊んだらご飯とかなんとかといろいろ出費がかさんでしまうのだ。
 そんなケチ臭い考えを持っている私がなぜ大阪にいるかというと、映画を見るためだ。今日は六月一日。映画は一律千円。見たい映画があるならこの日来るに限る。
「レディースデーもあるやろ?」
 チケットを買うために並ぶ暇つぶしに、映画を見に来た理由を連れに言ったらそう返された。連れ――山本。私の彼氏。
「レディースデーも来るよ。どっちかが休日に被ればええねん」
 部活をしているから、学校帰りに映画なんて行けない。だから千円になるレディースデーか一日が、休みの日に被ればその日に行く。
「……ふうん」
 たぶんケチとか貧乏性とかと思っているんだろう。
「今日は俺がおごるわ」
「いらへん」
 速攻で拒否した。そしたらなんとも微妙な顔をされる。
「別に遠慮せんでええのに」
「してへん。私のプライド」
 缶ジュース一つくらいならいいとして、千円のチケットをおごってもらうのは嫌だ。
「……じゃあなんで俺と付き合っとるん」
 話が見えなかった。おごられるのを拒否するのと、付き合う理由がどう結びつくというのだろうか。
「だって、罰ゲームで告白した奴にオーケーするって、飯でもおごらすっていう嫌がらせちゃうん?」
 ……ほう、そんな風に思っていたのか。
 山本は二週間前に罰ゲームで告白してきた当人だ。その後、罰ゲームと認めた山本に「じゃあ付き合おか」と言ったのは間違いなく私だ。嫌がらせには違いない。けれど、おごらせるために付き合ったと考えるとは、愉快な奴だ。
「なんであんたらのために、私が落ちぶれんなならんねん。見くびらんといてや」
 せいぜい不機嫌そうに返す。そしたら、山本は少し慌てたように謝ってきた。
「うがった見方した悪かった。でも、なんで付き合おうなんて言うたんや?」
 本当に不思議そうに山本は聞いてくる。
「付き合って言うたんは山本やん」
「そやけど……」
 心底困った顔をする山本がおもしろい。こいつも大変だよな。好きでもない女に告白して、なぜか付き合っているんだから。
 オーケーしたのはムカついたからだ。罰ゲームに、他人を巻き込むのはルール違反。それをやった奴らを軽蔑こそすれ、仲良くしたいなんて思うはずがない。
 じゃあなぜムカついたのに付き合ったのかと言われれば、罰ゲームと見破られて開き直ったあいつのふてぶてしさが愉快だったから。それだけ。
「まあ、なんでもいいやろ。お互い好きな人できたら別れりゃええねん」
「……」
 面倒になって投げやりに言ったら、山本は子供みたいにムスっとした。
「なに? もしかしてもう好きな人おるん?」
「知らへん」
 ぷいっと顔をそらされた。図星だったらしい。可愛らしい反応だな。
「それやったら、もう別れる? その好きな人に誤解されたら困るやろ」
 それはそれは親切に申し出た。いくら嫌がらせでも、人の恋路を邪魔するのは忍びない。
「余計なお世話や」
 さらに山本は不機嫌になった。一体何なんだこいつ。せっかく嫌がらせの付き合いをやめてやろうかと思ったのに。好きな人がいるなら、私と付き合っているなんてかなりマズイだろうに。
「好きな人に誤解されてええの?」
「関係ないやろ。この話はやめ」
 妙にきっぱり言う。もしかして、すでに振られてる? まあ今は触れないでおこう。


 列が進んで、お互い映画のチケットを隣の席で買った。それをピラピラさせながら、山本は言う。
「あんたがこういう映画観るとは思わへんかったわ」
 こういうの、とは戦争映画のことだ。
「山本も自分が好きなの観ればよかったのに」
 一緒の映画を見ると言ったのは山本だ。今は話題の映画が何本も上映されているのだから、どうせお金を払うなら好きなの観ればよかったのに。
「俺がこれ観たかったのは本当。ただ、俺が持ってたあんたのイメージと違っとったから驚いたんや」
「私のイメージ?」
 そういえば、罰ゲームで告白されるまで私は山本のことを知らなかった。同じように、山本も私のことを知らなかったと思う。
「話してみるまでは、なんや大人しそうで女おんなしたことが好きそうやと思った」
 ……なんつーイメージだ。確かに私は大人しいけど、それは単にめんどくさがりの裏返し。山本の罰ゲームに嫌がらせで乗っただけでも、捻くれた性格していることはわかっているだろうけど。
「ポップコーン買いたいから、はよ行こ」
 ぐいぐいと山本の服を引っ張って、売店へと急いだ。


 その後、一緒に映画を観て近くのスパゲティレストランで昼食をとった。
 映画の感想や自分の趣味に関する話が絶え間なく続く。意外と山本とは趣味が合うらしく、音楽や建築の話で盛り上がった。さすがに建築話題で話ができる友人は少ないので、楽しい。
「大阪市と堺市のにまたがるちんちん電車って知っとる?」
「知ってる。路面電車やんな? なんやええよな。駅によってはただ道路のに長方形の石がどんっと置いとるだけってのが新鮮やわ」
「住吉大社の前が特に和むよな」
「和むよね。あと終着駅の浜寺公園前のすぐ近くにある南海本線の駅舎が好き」
「ああ、あれな。なんか明治っぽいレトロなやつ」
「そうそう。なんか明治の建築って西洋風やのに妙に『明治』って感じの日本版西洋建築って感じでええよな」
 そんな感じの話は、共感を示してくれる人がいないどころか、聞いてくれる人がいなかった。なのに山本は目を輝かせて乗ってくれる。ホント嬉しい。

 知り合って数日だが、案外こいつと付き合うのはいいかもしれないと思った初デートだった。

2.芽吹いた想いは枯らしてしまおう

 まずいな、と思ったのは付き合い始めてちょうど一ヶ月目。

 休み時間にトイレに行った帰り、たまたま廊下にいた山本を発見した。距離は離れていたし、声をかけるほどでもない。
 しかし目ざとく気がついた自分に驚くと同時に、楽しげに女の子と話す山本の姿に、少なからずショックを受けた。反射的に血の気が引いて、そんな自分に焦った。女の子と話していたからショックを受けたということは、嫉妬したということなのだろうか。それはまずい。本当にまずい。
 付き合って一ヶ月ながら、意外なことに気が合う山本と過ごすことは楽しかった。趣味も合うし、お互いの生活ペースもけっこう近い。私が「十時以降の電話やめてな。寝てるから」と言ったら、「俺も寝るの早いから十時以降は電話あっても出えへんかもしれへん」と返された。これもちょっと新鮮だ。
 山本といると居心地がいい。そう思うのは、非常に困ったことだ。
 同じ学校に通っていたとはいえ、ちゃんと知り合ったのは告白された日。だから、相手がどういう人物か知らずに付き合い始めた。どうせどちらかが嫌になって別れるだろうと思っていたが、私は「このままでいいかも」とか思いはじめてしまった。
 致命的だ。今、私は山本に好意を持ちはじめている。友人としての好意ではなく、異性としての好意。
 ただし山本との付き合いは、一時的な遊びに過ぎない。山本だって、私が付き合おうと言ったのは嫌がらせだとはわかっているだろう。だから、そのうち別れる。というか、山本には好きな人がいるっぽいし。
 やばい。本当にまずい。今ならまだ間に合う。私はちょっと山本に傾きはじめただけだから、今なら別れても忘れられる。だから、別れよう。

 そうと決めたら行動は迅速に。
 私は次の日には山本に別れを告げた。

「……好きな奴でもできたんか」
 別れようと言った私に、引きつった笑みを浮かべた山本。あれ? ちょっと動揺?
「まあ、そんな感じ」
 間違ってはいない。だからそう言った。すると山本はひどく強張った顔で唇を引き結ぶ。
 そのままお互い見つめあったままの沈黙。正直、身の置き場がなかった。
「……そうか」
 私としては何十分に感じられた沈黙は、たぶん数秒ほど。それでも吐き出された山本の声に、わずかに震えた。
「じゃあ、今までありがとう」
 そう言って山本は背を向けた。思わず何か言いたい衝動に駆られたけれど、何も言うことはできなかった。


 別れてしまうと、山本と話すことはなくなった。クラスが違うから見かけること自体が少ない。見かけても、特に言葉は交わさない。せいぜい挨拶くらいだ。
 寂しいな、と思う自分は自分勝手なのだろう。振ったのは私。振られたのは山本。寂しいなんて筋違いだ。
 まあ、山本も突然のことに戸惑うくらいはしたかもしれないけど、結局私達は好き合って付き合っていたんじゃない。だから、しばらくしたら向こうも過去として割り切ってしまうだろう。

 私の中で芽吹いた想いは時間と共に消えていく。枯れていく。それでいいのだ。

3.誤解と動揺

「別れたってホントなんか!?」

 唐突に詰問されたのは、部活でだった。
 卓球部でもランニングはある。部活に来て卓球台の用意をしてから、学校の周りを二周。その途中で同じ部活の松田に捕まった。
 松田。小学校からずっと同じ学校だ。中高では部活も一緒。特別仲がいいわけではないけど、それだけ接点はあるのだから当然しゃべることは多い。
 しかもこいつは罰ゲーム犯の一人だ。山本は私のことを知っているわけないから、こいつの差し金で私が告白対象になったと思う。彼氏はいないし好きな人もいなさそうだし結構おおざっぱだと知っているから対象にしたのだろう。

「山本と? 別れたで」
 嘘をつくことでもないので正直に答える。むしろ、どうしてそんなことを聞かれるのかが疑問だった。
「別に罰ゲームの告白なんやから、別れたからって焦ることもないんやない?」
 なぜ松田が焦っているのかがわからない。わざわざランニング中の私を呼び止めて、邪魔にならないように端っこに寄って、切羽詰った表情で別れたことを確認されるいわれはないはずだ。
「罰ゲームて……」
 泣きそうな顔で松田がうなだれたことには驚いた。こいつがこんな顔するの、はじめて見る。
「なんか問題でもあったん?」
 尋ねたら妙に真剣な顔を返された。
「これは俺の責任や。だから、俺が言う義務があるねん」
 責任って……。なにか重大なことがあるのだろうか。
「あれ、罰ゲームちゃうで」
「あれ?」
「山本の告白や」
 何を言っているのだろう。まさしく影から告白シーンを覗いていた松田が言う台詞じゃない。
「山本とは知り合いでもなかったんやで」
 ここが重要だ。知りもしない人に告白するのに、罰ゲーム以外に何があるという。
「それでも、あいつにとっては本気や」
「……」
「俺達は告白することに気がついて、覗きをしたんや」
「……」
「それがバレてお前は罰ゲームやと思い込んだんや」
「……でも山本が罰ゲームってこと認めんたんやで」
「それは弁解しても言い訳にしか聞こえないことがわかってたからや。下手したら嫌われるかもしれへんし」
 罰ゲームって時点で印象最悪だったんですがとツッコミたかったが、口には出せなかった。頭の中には大混乱中だったし。
 本気。あの告白が。それって、罰ゲームと受け取りさらには嫌がらせで付き合おうと言ったのは、かなりひどいんじゃないのか? ランニングで温まっていたはずの体が、どんどん冷えていく。今は真っ青になっているに違いない。
「あいつ、なんや知らんけどお前のこと気にしてて、俺によく聞いてきたんや。で、告白したんやけど、俺らのせいで罰ゲームと思われたって落ち込んでたんや。しかしなぜか付き合うことになって、混乱しとったわ。――そういやなんで付き合ったん?」
 松田の質問なんかに答える余裕はない。こいつの言葉が正しければ、山本は私のことを告白するくらいには好きだったということになる。理由は不明。で、最近まさに振ったばかりだ。
「お前に振られてめちゃいじけてんねんで! 好きな人ができたらしいっていうけど、ホンマなん?」
 本当だ。山本のことを好きになったんだから。けれど山本には他に好きな人がいるらしいし、本当に好きになってしまったのなら遊びの付き合いはできない。そう思って別れたのに。
 なおも言い募る松田を放置して、私はランニングをする部員達の中に混じった。後ろで松田が怒鳴っているけど、無視。
 ランニングはまだ一週目だったけれど、正門に戻ってくると二周目に出発せず、だからといって立ち止まらず、そのまま校舎の中に駆け込んで入った。目指すは美術部。山本の部室だ。

 ***

 美術室に入ると、いっせいにみんなの視線が私に集まった。さすがにうろたえたけど、山本が驚いたように寄ってきたので「話がある」と引っ張り出した。他の部員はなぜか微笑ましげな笑顔で送り出してくれた。

「どど、どないしたんや」
 明らかにどもって動揺を隠せない山本に、私も今更ながら緊張しはじめた。衝動的に会いに来たが、一体私は何を言おうというのか。
「松田が」
 言いあぐねて松田の名前を出した途端、山本の顔が朱に染まる。
「…………まさかあいつゲロッた?」
 ゲロッたとは可哀想に。けれど真実なので、頷いた。すると山本はそのまま頭を抱えてしゃがみこむ。しばらくそのまま沈黙。
 しゃがみこんだ山本のつむじをじっと見る。別れて数日しか経っていないけど、傍に山本がいると懐かしくてたまらない。
 好き。そんな恋心が芽吹いたと気づいた瞬間、正直怖くなったんだ。人を好きになることは、怖い。ましてやそれが自分の近くにいれば、尚更。
 だから距離を置きたかった。別れてしまえば、安心できる。この想いも消えるかもしれないし、なにより山本と気まずいくなることは避けられる。

 中学時代、好きになった人がいた。
 仲のいい友達で、もしかしたら両思いなんじゃないかと思った。少し迷ったけど、振られるなんて想像もせずに告白した。結果――振られた。彼の好きな人は私の友達という、よくある勘違い。
 あれには自分自身に嫌気が差した。私に話しかけてくるのも優しくしてくれるのも、私の友達と話したかったり良い所を見せたかっただけなんだ。もちろん私のことだって、友達としてなら好意を持っていてくれただろう。だけど私の告白でそれも終わった。
 たぶんそれから、恋することには慎重になっていた。好きになった人に、誰か好きな人がいそうなら最初から諦めることにしていた。
 ましてや今回は、罰ゲームの告白からはじまった付き合いだ。恋愛関係に発展する可能性は、あまりなさそうだった。むしろ、付き合わされて迷惑だったかもしれない。

 ――そう思ったのに。

「あの告白は本気やったん?」
 問いかけた。すると山本は、すごい勢いで顔を上げる。
「罰ゲームや、なかったん?」
「……当たり前や」
 ぼそりと言われた言葉に、泣きたくなる。落ち着きを取り戻し強い光を宿す山本の目に、立ち尽くす。
「告白は、好きやからするもんや」
 口を開いて、また閉じた。頭の中でぐるぐると言葉が回るけれど、口に上らせる前に消えてしまう。
「で、お前の好きな奴って誰なん?」
 私を見つめたまま、今度は山本が聞いてきた。
「俺はお前が好きや。ずっと見てた。でも、お前に好きな奴いる気配ないし。――もしかして、俺と付き合うのが嫌やから、嘘ついた?」
 ……ちょっと失礼じゃない? 好きな奴いる気配なかったって。いるんだよ。目の前に。あんただよあんた。
「嘘やない」
「せやったら、誰や?」
「なんで山本に言わんなあかんねん」
 ぷいっと視線を逸らした。そしたら、しゃがんだままだった山本が私の手首を掴む。
「放なさへんで」
 汗ばんだ手が、強く私の手首を捕らえている。
「好きな人教えてくれへんかったら、放さへん」
 なに言ってんの、山本。わけわかんない。そう思ってドクドクと脈打つ音を無視しようとした。でも、手首を掴む山本は、この早すぎる脈拍に気がついているだろう。
「……好きな奴って、最近できてんな?」
 探るような目で覗き込まれると、気まずくて仕方がない。ぎゅっと唇を引き結んで、必死に目を逸らす。
「顔赤いで」
「――う、うるさいな!」
 思わず叫んで、掴まれた手首を振りほどこうとする。だけど、しっかり掴まれてビクともしない。しかも叫んだ拍子に、逸らしていた目をバッチリ山本と合わせてしまった。
「……」
「……」
 目を合わせたまま固まった私に、山本の口元がニヤリと弧を描く。目は楽しげに細められ、手首を掴む力が増した。
「もしかして、その人と両想いなんちゃう?」
 一気に体中に悔しさが駆け巡る。私の気持ちはバレバレ。でも山本はそれで満足する気はないようだ。私の口から、認める言葉をほしがっている。――なんか、それがすっごく悔しい。
「しら、へんっ!」
「俺はお前が好きやで。お前は?」
 足掻いてみても明るく返される。

 これって、なんか罰ゲームみたいじゃない? 山本の告白を疑って嫌がらせして、しかも振ったしっぺ返し? 「私も山本が好き」って言うまで、手を離してくれそうにないし。
 悔しい。悔しい。悔しい! 今は絶対、「好き」だなんて言わないからね!


 数ヶ月前に途中まで書いていたものを完成させました。初関西弁です。大阪で生まれ育ったくせに、どう書けばいいかわかりませんでした。しかも地元ネタを盛り込んだし(ちんちん電車で住吉大社に行くのが好きです)。
 でも、なんかラストが思っていたのと違います。書き始めた当初から時間が空いたので、主人公は拗ねてものすっごい意地っ張りになっちゃいました。

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