とくん、とくん、

掲載日:2011-01-30

 とくん、とくん、音がする。

「……眠く、なるよねぇ」
 健くんに胸に耳をくっつけて、穏やかなリズムを聞いていたらどうしても目蓋が重くなってしまう。それにあったかいし、健くんの匂いは安心するし仕方がないんだけど、いつももったいないなぁって思うんだ。
「眠いなら寝ろよ」
 低くて心地いい声。密着しているから身体の振動すら感じられて幸せなんだよなぁ。ああ、眠りたくない。この時間に浸りたい。
 映画を観ている時、健くんは一人掛けのやわからなソファーに座る。その時は、私が膝の上に乗って正面から抱きついても何も言わない。それどころか、たまに頭や背中を撫でてくれる。幸せ。それが、私は幸せ。だから眠ってしまうのはもったいない。
 ぽんぽんと寝かしつけるように背中を叩いてくれた後は、健くんはまた映画に意識を戻して私のことを忘れてしまう。抱きついても怒られないならそれでいい。ほんのちょっと優しくしてくれるならそれでいい。映画を観ている時だけ、健くんは穏やか。
 好きだなぁ。どうしてかなぁ。辛くて苦しくて痛いことのほうが多いのに、どうしてこの温もりを手放せないのかなぁ。
 ああ、眠りたくない。幸せを感じたい。幸せだと思いたい。どうせ映画が終わったら「邪魔だ」って床に突き飛ばされるってわかってるけど、離れたくない。
 最初はいつも優しかったのになぁ。好きなんだって、真っ赤な顔で告白してきてくれた時は本当にうれしかった。私も好きですって、泣きながら言ったんだよね。そしたらぎゅーっと抱きしめてくれたんだ。まあ、落ち着いたらお互い照れくさすぎて顔も上げれないくらいだったけど。
 二人でたくさんデートしたよね。映画が好きな健くんとのデートは映画館が一番多かった。私は眠っちゃう性質なんだけど、健くんは「仕方ないな」って笑ってくれる。それは、今も同じ。映画か関わる時の健くんは、本当に穏やか。
 眠りたくない。もったいないよ。健くんの鼓動のリズムを聞いていたい。温もりを感じていたい。匂いに包まれていたい。ああ、好きだなぁ。悔しいなぁ。悲しいなぁ。

 とくん、とくん、音がする。
 眠りの世界に引きずり込むこの音が、大好きで大嫌い。

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