私はあなたを許さない

掲載日:2008-01-25

「私はあなたを許さない」

 怒りに荒げられていたはずの声が、いやに静かだった。けれど、普段より低い声に、炎を灯した瞳に、狂おしいほどの激情が渦巻いていることは明らかだ。むしろ激した後だからこそ、あらゆるものを自分の中に押し込めて静かに言い放たれた言葉は力強い。無表情に佇むしかない私の胸をまっすぐに貫く。

「私はあなたを許さない」

 もう一度、噛み締めるように言葉を放つ。視線を逸らすことを許さないとでもいうように、ただ見据えてくる。その視線と言葉だけで私を焼き殺そうとでもいうかのようだった。
 ああ、どうしてこんなことになってしまったのだろう。今朝は親しみを込めた暖かい笑顔を向けてくれたのに、それはもう永遠に手に入らないものとなってしまった。
 わかっている。私が悪いのだ。私が彼女を傷つけたのだ。私が彼女を裏切ったのだ。憎悪を向けられるには十分すぎるほどの事をやったのだ。この裏切りのために彼女に近づいたのだから、初めから分かっていた終焉。だから私には泣く権利も弁解する権利もない。せいぜい悪役らしく彼女を嘲って、華麗に去ってしまえば良いのだ。
 けれど私は何も言えずに、あらゆる感情を消して佇む。口を開けば泣いてしまいそうだから。笑みを浮かべれば歪んでしまいそうだから。――なんと滑稽なんだ。悪役にすらなれないなんて思いもしなかった。私は自らこの道を選び取ったはずなのに、今更どうして苦い後悔に胸が張り裂けそうなのだ。泣いて縋って許しを請いたいだなんて思ってしまうのだ。引き返すことなんて、とっくに出来はしないのに。
 だから私は背を向けた。背中を突き刺す強い視線を引き剥がし、ゆっくり歩く。

 地面を埋め尽くす落ち葉が乾いた音を立てて、私達の確かな決別を刻んだ。


 なにかのワンシーン。ここだけが思い浮かんでバーっと書いたもの。
 中編くらいのお話に膨らませたかったのですが、どうしてもまとまらなかったのでコレだけアップしました。
 いつか、ネタがまとまれば書くかもしれません。

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